企業が自らメディアを持つのが当たり前になりつつある昨今。しかし、本当の意味で読者の課題解決に貢献するオウンドメディアは、決して多くはないでしょう。
では、読者にとっての理想的なオウンドメディアとは、一体どのようなものか? 今回は「障害のない社会をつくる」をビジョンに掲げる
株式会社LITALICO(りたりこ)を訪ね、『
LITALICO発達ナビ』(以下、『発達ナビ』)編集長の鈴木悠平さん(写真右)に話を聞きました。
『発達ナビ』は、発達が気になる子どもの保護者の方々を対象に、それぞれが抱える課題に対して、ヒントや必要な情報を提供するポータルサイト。多くの読者に支持され、いまや月間1000万PVを超える一大メディアとなった『LITALICO発達ナビ』運営の秘訣を、中小企業のWebマーケティングを支援する『LISKUL』の新編集長の五味田雄斗が直撃します。
「障害のない社会を作る」というビジョンを体現するメディア作り
五味田:
本日はよろしくお願いします。まずは発達ナビの基本的な情報からお聞きしたいのですが、サイトの開設はいつですか?
鈴木:2016年1月にローンチしています。厳密に言えば僕はその直後に異動してきたので、オープンからの編集長という立場ではないのですが、開設の準備段階から発達ナビに携わってきました。
<プロフィール>鈴木悠平(すずき・ゆうへい):編集者・文筆家。東日本大震災後の宮城県石巻市におけるコミュニティ事業の立ち上げ、コロンビア大学大学院での地域保健政策の研究を経験した後、株式会社LITALICO入社。発達支援教室「LITALICOジュニア」での指導員、「LITALICO研究所」の立ち上げ・運営業務等を経験したのち、発達障害に関する ポータルサイト「LITALICO発達ナビ」の編集長に就任した。
鈴木:読者として想定しているのは、お子さんの発達が気になる保護者さん、あるいは発達障害と診断されたお子さんの保護者さんが中心ですが、誰でも使えるサイトに仕立てているので、必ずしも当事者だけでなく、その支援者など多くの方にご利用いただいています。
コンテンツは、そもそも発達障害とは何なのかという基礎的な情報やその支援の方法、実際に子育てを経験した保護者さんの体験記がメインです。そのほか、会員同士のコミュニティ機能、全国の支援施設の検索・問い合わせ機能などを提供しています。
記事コンテンツのほか、悩み相談を投稿できるアンケートなど、コミュニティ機能も充実している『LITALICO発達ナビ』
五味田:
開設から2年半で、すでに月間PVが1000万、さらに月間UUが320万(2018年4月時点)と絶大な支持を集めていますが、マネタイズはどのようにされているのでしょうか。
鈴木:主なクライアントは福祉事業者で、保護者の方々に向けた情報発信や問い合わせ受付機能、福祉の仕事に携わりたい人向けの求人情報掲載機能、教材・研修提供といったオンラインサービスを展開しています。
さらに、そのほかの企業からもタイアップ記事をご一緒させていただいていますし、発達が気になる人たちの意識調査を実施して商品の共同開発を行うマーケティング事業などを展開しています。たとえば、JALさんと連携して、発達障害のあるお子さんやご家族が飛行機に乗る際の悩みをサポートするコンテンツづくりの事例などがあります。
JALと連携して制作した特設ページ
こうして挙げていくと広範囲に渡りますが、あくまでユーザーの悩みを解決するための商品や情報に関連する事業が中心です。
五味田:
発達障害支援というジャンルは今、どのような状況にあるのでしょうか。
鈴木:この10年で発達障害そのものの認知はずいぶんと広がり、それに合わせて社会の意識も少しずつ変わりつつあります。発達障害者支援法、障害者差別解消法などの法律の制定、障害者雇用の法定雇用率の引き上げなど、制度面での変化も背景のひとつです。
そんな状況だからこそ、僕たちとしては発達障害のあるお子さんやご家族が過ごしやすい環境づくりをいっそうサポートしていかなければならないと思っています。
五味田:
なるほど。『LISKUL』も、中小企業の初心者マーケターが本当に困っていることを解決したいという思いで運営しているメディアなので、考え方に共通する部分があると感じます。
KPI設定よりも、迷った時に立ち返る“問い”を重視
<プロフィール>五味田雄斗(いつみだ・ゆうと)。2018年、ソウルドアウト株式会社へ新卒入社。同年10月よりオウンドメディア『LISKUL』の編集長に。
五味田:
僕は今年の春に入社したばかりの新卒社員で、実は『LISKUL』の編集長に就任したのはこの10月なんです。もともとライター活動をしていたわけでもなく、編集経験もないので、いま必死にいろんなことを学んでいる最中で……。鈴木さんはライター出身ですが、編集長就任当時のことを少し教えていただけますか。
鈴木:よく誤解されるのですが、僕は専業ライターだったことは一度もありません。大学を卒業した後、東北で復興支援に携わり、その後はアメリカの大学院へ進学し、2014年にLITALICO入社というのが大まかな経歴です。ただ、学生時代からブログなどをよく書いていたので、そのうちにメディアから声がかかって、副業としてライター活動をするようになりました。
『発達ナビ』の編集長を打診されたのは、LITALICO社内で「あいつはライターとして活動していたし、向いているんじゃないか」という認識があったからでしょう。出版社で編集の訓練を受けた経験があるわけではなく、職業編集者として仕事をするのは僕も現職が初めてなんですよ。
五味田:
すると、メディアを運営する上での技術的なことは、編集長として仕事をしながら身につけていかれたのですか?
鈴木:そうですね。そもそも編集長という肩書きも最初はなくて、ある日突然、上司から「もう編集長ということにしよう」と言われたのが始まりで(笑)。
鈴木:ただ、それまでのライター経験の中で、「この記事はどんな人に読んでほしいのか」「それを届けるにはどう表現すればいいのか」など、自分なりに意識してきたことは役立っていますね。大切なのは、自分がライターであろうが営業であろうが、それが誰のためのコンテンツなのかをちゃんと意識することですから。
五味田:
なるほど。『発達ナビ』のコンテンツ作りの根底にあるのは、やはり「障害のない社会をつくる」というLITALICOの理念なんですね。メディアとして、KPIはどう設定されているのですか?
鈴木:売り上げやPVのような指標ももちろん見ていますが、それよりも考えるべきは、一つひとつのコンテンツ・サービスがユーザーの課題解決に貢献するのかどうかということ。それを意識するために、迷った時に立ち返る“問い”をチームで共有するようにしています。これは自分たちが働く上で指針にすべきことをトップダウンで周知させるのではなく、ワークショップ形式で議論しながら皆で作ったものです。
たとえば企画を立てる際「それは誰のどのような課題を解決するのか?」「ユーザーに自信を持って届けられるものなのか?」といった問いに立ち戻るんです。スタッフ全員がこれを自然に意識していれば、メディアの方向性がぶれることはありません。少なくとも、「上司の決済を取るためのコミュニケーションはするな」と、日頃からメンバーには言っています。つまりは読者、ユーザーを向いて仕事をしようということですね。
編集長は、「組織全体を編集する視点」を持つべき
五味田:
『LISKUL』は中小企業のWebマーケティング支援が目的ですが、まだ不慣れなもので、ユーザーの悩みを具体的にイメージしにくい時があります。鈴木さんがそのように、ユーザー視点を具体的にイメージできるようになったきっかけは何ですか?
鈴木:たまたま周囲に発達障害に悩む当事者が複数いたことは大きいでしょうね。また以前、LITALICOで子どもを対象とした支援教室で指導員をやっていた時、子どもたちやその保護者の方との対話を通して、具体的な悩みに触れられたのも役立っています。ほかにも、『発達ナビ』でユーザーさんや連載ライターのお話を聞くのもすごく勉強になっています。とにかく当事者の生の声に触れるのが一番でしょう。
だから五味田さんも、中小企業の経営者やWebマーケティング担当者に、どんどん会いに行ってみればいいのではないでしょうか。たとえば「中小企業のマーケターさんのカバン持ちをやります!」と募集して、それを10日かけて10人こなしてみれば、勉強になるしコンテンツにもなるじゃないですか(笑)。どんなジャンルでも、一番大切なことはユーザーが教えてくれるものですよ。
五味田:
あ、それはいいですね。さっそく具体的に考えてみます!
鈴木:ちなみにそうして企画を立てる際、どこまでを扱い、どこからはやらないメディアなのかというガイドラインを明確にしておくのは大切です。ユーザーに向き合うのは当たり前として、編集長としては営業担当者や編集部員、ライターなど、組織全体を編集する視点がなければ、持続的なメディアは作れません。さらに言えば、商談の際に相手がメディアの特性をイメージしやすい、看板的なコンテンツを作っておければベストでしょう。
五味田:
勉強になります。そうして記事をリリースし、PVを上げていくための工夫などは、何かされていますか?
鈴木:いろいろありますが、やはりオーガニック流入を重視しています。初期の時点でまず、ユーザーが能動的に検索して知りたいワードを可能な限りピックアップしました。そして、その疑問に極力明快に答えられるコンテンツ作りをずっと意識し続けています。
五味田:
『LISKUL』はBtoBを前提としたメディアですが、オーガニック流入の確保は課題として『発達ナビ』と共通しています。その一方で、編集長としてメディア自体の知名度も、もっと上げていかなければなりません。将来的には「Webマーケティングといえば『LISKUL』」というくらいのメディアに育てたい思いもあります。
鈴木:これは難しいんですが、コアユーザーではない人がどこにいるかを考えるのは有意義なのではないでしょうか。たとえば、普段あまり検索をしないタイプのWebマーケターがどこにいるのかを考えてみてはどうでしょう。つまり、「Web担当になったものの、何をどうすればいいのかわからない」という層ですね。たとえば、そういう初心者向けのセミナーを開いたり、Webマーケターが集まるイベントに顔を出して資料を配ったり。編集長も営業が大切なんですよ。
五味田:
なるほど。理想としては、WebマーケターがやがてCMOになるまで伴走できるようなメディアでありたいと思っているんです。
鈴木:いいですね。その意味では、先ほど編集・ライター経験がないとおっしゃっていましたが、それも大きな強みになるかもしれませんよ。先入観を持つことなく、新鮮な発想に基づいて行動できますからね。引き続き、頑張ってください。
五味田:
ありがとうございます! そのために貴重なご意見を伺えました。いただいたアドバイスを胸に、『LISKUL』をもっと役立つメディアに育てていけるようがんばります。
(執筆:友清哲 編集:鬼頭佳代/ノオト)